才能の見つけ方 天才の育て方 アメリカ ギフテッド教育最先端に学ぶ(読書メモ)

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会社の読書好きから教えてもらった本。

 

途中から「ギフテッド教育」の具体的な事例になったんだけど、そこはあまり興味なかったので読み飛ばし。
結局半分くらいしか読んでませんが、いくつか発見がありました。

 

「天才=ギフテッド」

例えば、15歳で膵臓がんの検知方法を開発した少年。

例えば、17歳でiPhoneを個人で初めてハッキングした天才ハッカー

 

ギフテッドの定義は、、、、、は、、、、実は無し(!)。世界的に統一された定義は存在しない。

いくつかある中で著者が注目しているのは「未訓練かつ自発的に表に出る自然な能力のこと。最低でも1つの分野で同じ年齢の子どもたちと比べ、上位10%に入る能力をもつ人」という定義。

ギフテッドは点から授かったもので、誰にそうしろと言われたわけでも、期待されたわけでもなく、内から自然に、生まれつき湧き出る能力がギフテッド。ひとつの分野で突出しているだけでよい。

 

ギフテッドは埋もれがち

ただ、ギフテッドが世に出ないことも多いとか。理由は 2つ。

  • 「才能は平等だけれど、機会は平等ではない」。経済的理由により、ギフテッドが表出しない。子どものポテンシャルを(経済的理由などで)受け入れられない親もいる。
  • ギフテッド・チルドレンがよく陥る「ギフテッドネスのスティグマ(烙印)」。要は、周囲に合わせちゃう。普通の子どものふりをする。

 

なので、ギフテッドは家庭と学校でのサポートがマストで、そもそも子どもの多様性を認めたり、ギフテッドを発揮できるよう(経済的にも)サポートしたり、また落ち込んでしまう時に支えたりする必要がある。


以下、感じたこと。


認め、育てる

天才は天才がゆえに周囲に馴染めない。馴染めないから馴染ませようとするのではなく、ありのままを認める。そこに、その子の「ギフテッド」が隠されているかもしれないから。


なんなら環境を変える。はみ出し者が、場所を変えれば(ギフテッドを認められる場所にいけば)たちまち「天才」と称される。

 

個性・環境・サポートの 3つが大切。興味深いのは、とがった個性とかあっても、環境がないと認められないし、サポートがないと開花しないってこと。


そうなるには理由・背景がある

僕には2人の子どもがいて、子育ては嫁に任せっきりのあかんたれなのだけれど、「あぁ、子育てしてる・してないの差はこれか」と感じたことが。

 

子どもの友達にはいろんな子がいる。中には、ちょっと眉をひそめちゃうようなやんちゃだったり、ちょっと理解に苦しむようなことをする子もいる。

 

僕は「こんなんしたらアカンわ」と、目の前の事象をもって判断・行動するのだけれど、嫁は「その子がそう立ち居振舞うのは理由がある(家庭環境とか、発育状況とか)」というスタンス。明示的にそう言うわけではないけれど(言ってたかな?)、彼女のジャッジや行動は、そのスタンスに立っている。

 

大人だって、そう

このスタンスに触れた時、例えば●●●や×××っぽい大人や、△△△郎って吐き捨てたくなる大人がいっぱいいるのだけど、「なぜこの人はそうなるのだろう?」と少し考えたりする。


それを考えると、大概のことは許せるし、「あの人とは合わない」という間違ったジャッジを未然に防ぐこともできるようになった(って、ムカつくヤツにはムカついちゃいますが(笑))

 

能力を埋もれさせるのは世の発展を毀損しているのと同義

上で書いた「個性・環境・サポート」に立ち返るのだけれど、例えギフテッドな人じゃくても、この3つがバチっとはまれば、すごい能力を発揮するのだろう。何かが欠けていて能力が発揮されないのはもったいない。その人の能力で、世の中が良くなるかもしれないのに。。。


もし身近に「環境」や「サポート」で苦しんでる人がいたら、何かしら出来ることはあるかも。


、、、と。まぁ、ぐんぐん成長する前の子どもと、成熟した大人を比べるのは色々捉え違いを生みそうですが、人が人に接するうえでの大切なことを再確認させてもらった気分になりました(本の後半のギフテッド教育の事例は読んでないけど)